2013年3月19日火曜日

断ることに罪悪感を感じたら



◇「断れない人」と「気分変調性障害」



水島先生の『対人関係療法でなおす 気分変調性障害』の冒頭に、
気分変調性障害の人の考え方の特徴が書かれています。



「本書を読んでいただきたいのは、こんな方です」という見出で、

・自分は人間としてどこか欠けていると思う。
 ・他の人は苦しいことにもしっかり耐えているのに、自分は弱い人間だと思う。
 ・自分は何をやってもうまくいかない。
 ・自分は何か、為すべき努力を怠っているような気がする。
 ・人が「本当の自分」を知ってしまったら、きっと嫌いになるだろう。
 ・「○○したい」というのは、わがままなことだと思う。
 ・自分が何かを言って波風を立てるくらいなら、我慢した方がずっとましだ。
 ・自分の人生がうまくいかないのは、自分が今までちゃんと生きてこなかったからだ。
 ・人生は苦しい試練の連続であり、それを楽しめるとはとても思えない。
 ・これから先の人生に希望があるとは思えない。

http://www.ipt-clinic.com/case/post_3.html








 




 

■自分が相手に伝えていること、を知る



ーー症例

主婦のハコベさんは、しばしばうつ病を繰り返しています。
娘の学校のPTAの役員を毎年やらされるので気が重いのです。
「今年こそはやりたくない」と思って向かった昨年の会合の
実際のやりとりは次のようなものでした



>>
今年もハコベさん、お願いできますか?


あの、私は毎年本当にできが悪いので、
今年はもっとおできになる方に代わっていただいたほうが良いと思います。


ハコベさんは毎年とてもきちんと仕事をしていただいて皆頼りにしていますよ。


いえいえ、困ります、今年こそ大失敗して皆さんにご迷惑をおかけしてしまうと思います


そんなことにはならないから大丈夫ですよ。
では、ハコベさんにはお引き受けいただけそうなので、他の役員に移りますが…
<<








…このやり取りの中では、ハコベさんの「やりたくない」という意思が一切語られていません。



自分の出来がどうかという判断を周囲に投げかけるような形になってしまっており、
結果としては「大丈夫ですよ」と、ハコベさんの望まない結論になってしまっています。


確かに一方的な人事ですがハコベさんが本当はやりたくないのだということを知らなければ
毎年やっているし、仕事も慣れているのだから引き受けてもらいたい、と思うのも無理はないかもしれません。



また、自分の出来が悪いと言うことが主題のハコベさんの言い分を聞くと単に
「出来が良いから大丈夫ですよ」と言ってもらいたいだけではないか、とも思えるかもしれません。


そもそも、
「私は毎年本当に出来が悪いので、今年はもっとおできになる方に代わって頂いたほうが良いのではないか」と言われて「はい、わかりました」と言うのも角が立ちますし、
「今年こそ大失敗して皆さんにご迷惑をおかけしてしまうと思います」
と言われて「そうですね」ともいえないでしょう。


相手の立場に絶ってみれば、まあこうするしかなかったのかとも思えるやりとりです。



ハコベさんが「やりたくない」と明確に言えなかったのはそれがとても「わがまま」なことだと思えたからです。



また、どんなことであれ「ノー」ということは相手との間に波風を立てることになるということも恐れています。


しかし、その姿勢を続ける限り、毎年役員を引き受けることになり、
二重うつ病の再発も防げなくなってしまいます。


今年こそは役員を引き受けないようにしよう、と治療の中で
ハコベさんと話し合いました。





そして、そのための作戦を立てていきました。
ハコベさんが「やりたくない」ということをどのようにして伝えるか?ということを話し合っていきました。


ハコベさんはどうしても「やりたくない」などというわがままはいえない、と言いました。



なぜいえないのかということを尋ねていくと
「自分が周りの迷惑に配慮できない人間だと思われてしまう」というのがその理由でした。


実際には、何年も役員を引き受けていて周りの迷惑に配慮できないも何もないのですが
ハコベさんのその感じ方は尊重することになり、それも表現するすることになります。



最終的に、ハコベさんは
「皆さんにご迷惑をかけないように本当は引き受けたらよいと思いますが
 何年も実力以上の仕事を続けてきたので少々疲れております。
 今年は勘弁していただけませんか?」ということになりました。



また、
どんなふうに翻意を求められても
「そういっていただけるのは光栄なのですが、ごめんなさい、
 今年はどうしても出来ません」と応え続けることになりました。





ハコベさんは当日、かなり緊張したそうですが
練習どおりに言うことが出来ました。

すると誰も翻意など求める人などおらず「それもそうだ」と受け入れられ
「よく何年もやっていただけましたね」と感謝すら表明されたそうです。

今まで不可能だと思っていたことがあまりにもすんなりと実現してしまったので
ハコベさんは拍子抜けすると同時に自分にも何かの力があると感じられたそうです。



それは、コミュニケーションによって事態をコントロールするという力であり
ハコベさんがそれまでに感じたことも無い力でした。







 





■安全で分かりやすい伝え方をする


気分変調性障害の人が重要なことを伝えられないのは
それが当然の権利だという感覚がないのも一つの理由ですが
「伝えたときに起こる事が怖い」ということも大きな理由です。


自己主張をしたり、自分の不快さを表現したときに
相手がどう反応するかという事を考えると
伝えないほうがまし、という結論になってしまうのです。


ここでは、その心配を解消するために、安全で分かりやすい伝え方について
整理してみたいと思います。



まず、人はどういうときにムカっとするかということですが
それは、自分自身について何か決め付けられるようなことを言われたときです。
自分の事情は自分にしか分からないのに、
それについて何かを決め付けられると不愉快に思う、というのは当然の心理です。


ですから、相手を不愉快にさせずに何かを伝えたければ、相手について決め付けるような要素を
排除すればよいのです。



具体的に言えば「自分の気持ちを伝える」ということに専念すればよい、
ということになります。


たとえば、先ほどのハコベさんが成功したコミュニケーションも、
自分の気持ちを伝えることに専念した形になっています。


同じテーマでも、もしも「あなたたち毎年一人の人間にばかりやらせて、悪いと思わないのですか」
などと攻撃的な言い方をしたら、場の雰囲気は全く違ってしまっていたでしょう。
「よく何年もやっていただけましたね」という感謝の言葉も出てこなかったと思います。



「あなた」を主語にすると、どうしても相手への決め付けになってしまいますが
「私」を主語にして、自分の気持ちを語っていくと言うことが最も安全な話し方なのです。













■「自己主張=わがまま」という苦しいスキーマ


実は、気分変調性障害の人は、そのような話し方をあまりしたことがありません。
なぜなら、自分の「欠陥」を見破られないように、
自分を隠しながら生きているからです。
「私」を守護にして、自分の気持ちを伝える、
などというリスクの高いことは避けてきたはずです。




しかし、ここでみてきたように「私」を主語にしてじぶんのきもちをかたることが
実は最もリスクの低いことなのです。


リスクが低いどころか、他人とのつながりを感じ、ハコベさんのように
自分自身の力を感じる機会にもなります。



このようなチャンスを逃し続けてきたことが
現在の状態に繋がっている、ということにもだんだんと気づいていくと思います。


もちろん、チャンスを逃してきたことは病気のためにしかたがなかったことであり本人の責任ではありません。
ですから、こうやって新たなパターンを試していくことを「治療」と呼ぶのです。

なお、気分変調性障害の人は自分の気持ちを伝える代わりに
あいまいで間接的なメッセージを伝えてきたことが多いと思います。
ハコベさんもその良い例です。
本当は「役員を引き受けたくない」ということを伝えたいのに、
実際には「自分のできが悪いので迷惑をかける」という言い方になっています。







 

■「相手が本当に言いたいこと」を知る


気分変調性障害の人は、自分から相手に肝心なメッセージをほとんど伝えていないだけでなく
相手が本当のところ何を言いたいのかということもほとんど確認していないものです。



これも、気分変調性障害の症状を反映したものです。



物事を自分にとってネガティブに捉えてしまう人にとって
「何かを確認する」ということは、希望よりも絶望や不安を感じさせるものだからです。




しかし、相手は何故そんな事を言ったのか、相手は本当にそういうことを言いたかったのかという事を確認するのは
相手から役割期待を知るために不可欠なことです。


ネガティブな結果を予測してしまう気分変調性障害の人にとって、相手の言いたいことを確認するのは
とてもハードルが高いことです。

けれども、治療者か、あるいは信頼できる身近な人に支えてもらって、一緒に検証して行けると、
ハードルはぐっと下がります。


実際に治療の中では、相手とのやり取りをじっくりと検証し、わかりにくいところを
質問してみると言うようなことも勧めていきます。

気分変調性障害の人は、もともと、ほとんど最悪の受け止め方をしてしまいますので、
確認作業は通常成功体験になります。



確認してみたら楽になった、ということを身体で感じていく中で、
だんだんと、気分変調性障害の症状に足を引っ張られながらも、
確認してみようとする習慣がついてくるのです。


















ーー症例

気分変調性障害を持つ女性会社員フキさんは、会社の同僚が
雑用をフキさんにばかり押し付けてくることを不満に思っていました。
同世代の動力に過ぎない彼女は、上司でもないくせに、
コピー取りや食器洗いをフキさんに命じてくるのです。
彼女は万事「上から目線」で、フキさんのことを場回にしたような
言動もよくとっていました。

フキさんは、自分の不満を感じていましたが
決して彼女に逆らわず、事態は変わらずに続いてきました。

面接の中で、このパターンを何とか帰られないだろうか、
という話し合いをしました。








 

・コミュニケーション分析


上司でもないのにコピーを命じるなんて、おかしいですよね。

…そうなんですけど…彼女はそういう人なので。

彼女は他の人に対してもそうなんですか?

いいえ、相手を見るんだと思います。上司にはおべっかを使うし。

では、なぜフキさんに対してはそんな態度をとるのだと思いますか

私は、何も言い返さないし、人望もないから、扱いやすいんだと思います。

なるほど、ちなみに、フキさんはなぜ言い返さないのだと思いますか?

波風を立てたくないんです…それに一つひとつは大騒ぎすることではありませんので。
ちょっとコピーをとったり食器を洗ったりすればよいだけのことだからです。
いちいち大騒ぎするのも大人気ないかと。

ああ、なるほど、そう感じるんですね。
上司でもない人から一方的にあごで使われたら普通は問題にすると思いますが
慢性のうつ病をお持ちだから、そういうふうに自分に厳しいものの見方をされるのですね。
コレは今までにも話してきたことですよね。

…はい。でも、本当にそうなのでしょうか?コピーをちょっととってあげるくらい、
大人なら文句を言わないでやるべきではないでしょうか?

もちろん、対等な関係の中であれば、ちょっと頼まれたらやってあげてよいかと
思いますが、フキさんと彼女との関係はあまりにも一方的ですよね。
たとえば、彼女が他の人にそういう態度を取り続けていたら、
その被害者の人に対して、フキさんは「大人なら文句言わないでやるべき」と突き放すようにいいますから?


…まさか


そういう人に対して、どうすると思いますか??

何かと状況を変えてあげたいと思いますが…私は、はっきりいえないと思うので、誰かが指摘してくれたらいいかなと思いながら
その人を手伝ったりすると思います。

そうですよね。それが普通の感覚ですよね。
何とか変えてあげたい状況ですよね。
フキさんは、それだけ理不尽な目に遭っているのであって
大人なら文句を言わないでやるべきなどではないのです。
でも、そう感じてしまうのは、病気の影響なのだ、ということを見てきましたよね。


はい


さて、病気によってそう感じさせられているとしても
そのままにしておいてたらフキさんのストレスが積み重なって、病気はよくなりませんから
少しパターンを変えて生きたいと思います。
彼女は、いつもどんな風に命じてくるのですか?

ちょっとこれコピーとって、と、上司みたいな口調で。

そうするとフキさんは堂思いますか?

手が空いているときにはまだましなのですが…本当に忙しいときとかは
「えっ?今?」と思います。

そうですよね。それで実際に、彼女には何と言っているのですか?

…「はい」と。

「はい」だけなんですね。

はい

それで、そのときに忙しくてもやってあげるんですか?

はい。

それは大変ですよね。
本当はやってあげる筋合いが無い話ですから。
普通に断っても良いくらいですが
それでは抵抗が強すぎるでしょうね。


…ちょっと無理だと思います。

では、どうでしょうか。
本当に忙しいときには断る、というところからはじめてみるのは。
コピーそのものを断るのではなく今は忙しいという事を伝えてみるあたりから。

そうですね…それなら、まだいえるかもしれません…自信はないですが…。

どういうところが心配なのですか?

…彼女が怒ってし合って、ひどいことを言われたり、他の人に悪口を
言われたりするのではないかと…。

そういうことをしそうなひとなのですか?

…わりと感情的な人なので、怒らせるとちょっと面倒かな、と。

そうですか。では、怒らせないような言い方を考えて見ましょう。
「ちょっとコピーをとって」といわれたときに、忙しくて手が離せなかったら
どう言いましょうか?


…「ごめん、今どうしても手が離せないの」…?

いいですよね。「ごめん」と言っているので、相手への配慮も感じられますよね。
どうですか、こう言われたら怒ると思いますか?

…わかりません。普通の人だったら怒らないと思いますが、彼女の場合は…

そこは大切なポイントですよえん。
どんなに誠意を尽くされても怒る人はいますよね。
それはその人の問題ですよね。色々な事情があって、うまくふるまえないのでしょうから。

…はい。

でも、そのレベルだったら、少なくとも職場のほかの人たちはフキさんの味方になってくれる
のではないでしょうか。
自分の本来の仕事が忙しくて、他人からひょいと頼まれたコピーが取れないことを
「ひどい」と思う人は居ないと思いますよ。

ちゃんと配慮のある言い方をしているわけですし。


…はい。

「ごめん、今どうしても手が離せないの」と言って、相手が
「じゃあ、いつならできる?と言ったらどうしましょか」

そのときは、仕事のきりのよいところで、と言います。

そもそも断っても良い話だと思いますが
そのくらいはやってあげたいですか?

はい…出来ることなら


そうですか、でも、同じコピーをとるのでも、相手が言ったときに
自分が無理をしてでもやるのか、それとも自分にとって良いタイミングやるのか、というのは大違いでしょうね。

はい。

一言「今どうしても手が離せない」ということによって
物事を自分のペースで進められれば、大きな進歩ですよね。やって見られそうですか?

…努力してみます。







****




実際に、フキさんは、かなりの勇気を出して「ごめん、今どうしても手が離せないの」
と言ってみました。相手はちょっとびっくりしたようだったそうです。

しかし、恐れていたような事態にはならず、
相手は不快そうな顔をしたものの怒り出すこともなく
その後はフキさんに何でもかんでも命じると言うパターンに明らかに変化が起こりました。


それまで、この不健康な関係性を維持していた一因は明らかにフキさんが
「ノー」といわないことにあったことがわかります。



「コピーをちょっととってあげるくらい、大人なら文句を言わないでやるべきことではないですか?」
という疑問に象徴されているように
「不満を感じるなんて大人気ない」という思い込みによるものでした。

この思い込みをひっくり返すために「他の人に同じことが起こったら」という視点で見てもらいました。
その人にも同じように「不満を感じるなんて大人気ない」というだろうか、
と考えてみれば、この状況をより客観的にみることができます。


そんなふうに自分の怒りを肯定する際には
「他の人に同じことが起こったら」という状況を考えてもらうとうまくいくことが多いです。

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