2013年4月26日金曜日

「間違った優しさ」について~社交不安障害の視点から~




◇相手側の事情まで解決しようとする人々



「他人に嫌われるのが怖い」というのがピンと来ない人には「あなたは他人が深いそうにしている状況に耐えられない人ですか?」という質問が正しいのではないかと最近は思えてきた。
目の前に機嫌が悪そうにしている人が居ると「私、何か悪いことをしたかな?」と、全て自己関連付けをしてしまう人は境界線問題を抱えている人だろう。


境界線問題の1つの問題は「相手の事情まで面倒を見てしまう」という間違った優しさにあると思う。





たとえば、私達はお腹が空いていると機嫌が悪くなる。
あるいは、ひいきの野球チームが負けた翌日は機嫌が悪くなる。
または、出掛けに妻と喧嘩すると、一日機嫌が悪くなる。


こんなふうに、考えると、「目の前に居る人が機嫌が悪いのは全部自分のせいだ」と自己関連付けしてしまうのはとても損のようにおもえないだろうか。

自分の行為あるは言動あるいは存在とは全く関係の無いところで相手は機嫌を損ねているのに、
そんな相手側の事情まで全て自分が背負ってしまい「どうにか機嫌を直してもらわないと…」と自分をすり減らして相手の機嫌を伺って行動する…
こんなことをしていれば誰でも疲れ果ててしまうし人間と関わる気力は簡単に底を付いて引きこもってしまうでしょう。


こんなふうに相手側の事情まで引き受けてしまう行為を「間違った優しさ」と私は呼んでいる。
「間違った優しさ」によって、擦り減っている人、背負わなくて良い荷物を背負っている人に届いてくれると良いなぁ~









 

■相手の事情を考えてみるという視点


私の患者さんの経験からは社交不安障害への一つの対処法として
相手の事情を考えると言う習慣を身に付けることが役に立っています。
社交不安障害という病気は
一見、相手の事ばかり考えているように見える病気です。
「相手が自分をどう見るか」ということに意識が集中しているからです。


ところが、実際の状態を見るとその反対であることがわかります。


たとえば、自分が何かを表現している時に
くすくす笑った人がいる、という場合。

自分の話を聞いて相手がくすくす笑ったとしても
「自分の話し方がどこかおかしかった」という可能性だけでなく
「相手が笑うべきではないところで笑った」という可能性もあるのです。










ーー症例


うつ病で治療を受けに来た20代女性の不二さんは
10年近く社交不安障害を持っていることがわかりました。
不二さんの家族との関係を聞いていくと虐待的な父親がいることがわかりました。

些細なことで爆発的に腹を立てられることが多く、
不二さんは常に「自分が父親を怒らせるようなことを何かしてしまったのではないか」
ということを気にしていると言います。




このパターンは他の人間関係にも及んでおり
人の顔色を伺い、自分が相手を不快にさせるようなことをしていないかということを常に気にしていました。

不二さんの父親についてよく話を聞いていくと
不遇な育ち方をしている人であることがわかりました。

また、父親は対人関係が全般に苦手で、親しい人も折らず
仕事は続いているもののかなりのストレスになっている様子でした。

父親が爆発した最近の例を詳しく話してもらうと
父親に余裕がなくなってパニックになったときが多いということが分かってきました。





パニックになると爆発する人は多いものですが不二さんの父親もまさにそのタイプでした。

その状況で父親がどれほど余裕を失っているか、ということを
不二さんも理解することが出来ました。



そして、父親が余裕のなさそうなときには距離をとる
(それまでの不二さんは、父親の様子がおかしくなってくると
 「自分が何とかしなくては」と思ってしまい、色々と話しかけていました)、
父親が爆発してしまったときには「余裕が無かったのだな」という目で見て
不二さんの問題としてみない、などろいうやり方を工夫しました。


その結果、父親との関係は驚くほど好転しました。
父親は相変わらず余裕がなくなると爆発しがちでしたがそんな父親から受けるストレスは大幅に減りました。

さらに不二さんは、
それ以外の人との関係の中でも同様の工夫を考えるようになりました。


不二さんの父親は「余裕が無いときには不適切な振舞い方しかできない人」であったと言えます。

もちろん、身近な人が爆発すると言うことは愉快な経験ではありませんが、
それを「自分が父親を怒らせるようなことを何かしてしまったのではないか」
と受け止めるのではなく、「父親はそういう人だから」と受け止めることによってストレスのレベルも変われば、自己肯定
感も変わります。



そして、父親との関係を、あたら無き陸地でうまくコントロールできるようになったという事実が
不二さんの自己肯定感をさらに高めました。


そのことが、それ以外の人との関係性も変えて行こうという動機に繋がったのだといえます。

なお、相手の事情をよく考えて見ようにも詳細が分からないということもあります。

そんなときには「怒っている人はパニックになっている人」というふうに考えてみるととても役に立ちます。


自分の事を振り返ってみても、感情的に怒ってしまうと言うときには
「予定が狂った」「自分のキャパシティを超えた」というような理由によってパニックを起こしている時だと分かると思います。

この原則を活用すれば相手がパニックになっているのだな、と思うと
「自分の問題」では無く「相手の問題」としてみることができ、社交不安もぐっと和らぎます。






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■境界を設定する


相手との間に起こることは自分だけのせいではないということが
認識できれば、次のステップとして、関係性を変える方法を考えることができます。

自分が相手に何を期待しているのかを整理してその伝え方を考えるのです。
相手への期待の整理の仕方として社交不安障害の人にとても役立つのは「境界設定」と呼ばれる考え方です。


これは、自分側の問題なのか、相手側の問題なのか、という境界線をはっきりとさせるというような意味です。

満足のいく人間関係においては境界線がしっかりと引かれ、お互いの「敷地」を尊重しあうことができるでしょう。


しかし、自分が決めるべきことなのに相手が決めてしまう(相手が自分の「敷地」に入り込む)ことも多いですし
本来は相手の問題なのにまるで自分の責任であるかのように感じて
気を使ってしまう(相手の「敷地」に自分が入り込む)、ということも少なくありません。



このように「敷地」を犯してしまうと、ストレスにつながります。



社交不安障害の本質はネガティブな評価を恐れると言うところにありますが
批判を受けるようなときには「相手の問題」という要素も必ずあります。
ところが、社交不安障害になると、どうしても「自分の問題」として考えがちです。


これは相手の「敷地」に入り込んでしまっている、ということになります。


相手は出かけに夫婦喧嘩をしたために機嫌が悪いのかも知れないのに
「あなたの機嫌が悪いと、私は自分の事を責めてしまうので機嫌よくしていてもらえませんか?」と頼む、という状況を考えてみれば、どれほど相手の「敷地」に入り込んでいるかがわかると思います。



完璧な人間などいませんので、
たまに機嫌が悪い日があっても許してあげても良いでしょう。



批判を自分の問題としてとらえてしまうという病気の症状そのものは「相手の敷地に入り込んでしまっている」性質のものですが治療において対人関係上で意識していきたいのは「自分の敷地を守る」ということです。



ネガティブな評価を回避することによって自分の「敷地」を守っていると思うかもしれませんが実際は逆です。
「いい人」担ってしまうことに代表されるような自己主張の無さは相手が自分の「敷地」に入り込むのを許していることになります。


たとえば、母親が治療に関して過干渉である岳夫さんなどは、その良い例です。


相手の「敷地」に入り込んでしまうと、本来自分が引き受けなくて良い心配まで
引き受けてしまい、本来自分のせいでないことによって自分を責めてしまいます。


相手を自分の「敷地」に入れてしまうと、相手に振り回されてしまいます。



いずれも、かなりのストレスを生み出す状況であると同時に相手との関係性も損なわれます。
本当に親しく安定した関係を作っていくためには境界線をきちんと守ることが必要です。
自分の敷地も相手の敷地も尊重することが不可欠なのです。
そのためには問題が起こったときに
それが自分の「敷地内」の話なのかどうかを考える視点を持つことが重要です。






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