2013年9月1日日曜日

シック・マザー 心を病んだ母親とその子どもたち 岡田 尊司 筑摩書房






シックマザーとは病気や精神的な問題によって自己愛障害に陥り、
子供に愛情を注げなくなった状態だと 言う事もできるだろう。

自分の傷つき苦しさゆえに子供を愛せない母親、それがシック・マザーの
本質的な病理なのかもしれない。

















◇はじめに

本来、母親からの愛情と保護を受けて育つはずの子どもが それを十分に受けられないだけでなく、不安定で明日をもしらない母親の存在が 子どもの心の重石となってのしかかる。
それも、母親の怠慢や過失によってではなく、 母親自身にもどうすることもできない疾患や障害によって、 そうなってしまう。



こうした悲劇的な状況が、今もいたるところで起きている。


しかも、問題を見えにくくするのは、 子どもには大きな適応力があるため、
かなり大きなストレスがかかっていても、 そのときは何事も無く過ぎていく事も多いと言う事である。
それで困難が乗り越えられたのかというと、問題はそれほど簡単ではなく、時間差をおいて、 子どもに様々な問題が出てくる事が少なくない。


一見、健康的に育ち、 社会にうまく適応して、活躍しているようなケースでさえも、
内面に不安定さや心の傷を抱えていて、 生き方や対人関係において、
特有の偏りや歪みを示すこともある。
人知らず、悩みや苦しさを引きずっているケースも少なくない。









 

■うつのときは子どもに対して愛情がわきにくい


母親がうつ状態のときに出産や子育てをした場合、うつのときは子どもに対して、
母親は愛情を抱きにくいということがおきる。
その後、親が元気を取り戻して、子どもにかかわろうとしても、関係はしっくりいかず、お互いにうまく愛情のコミュニケーションをとることができない。
なぜなら愛着のベースが作られるのは、生後2歳くらいまでの間だからである。

母親のうつ状態や不安定な状態が、子育てやその後の子どもとの関係に、意外なほど影響している。
あまり自覚されていないところで、親子関係の将来に影を落としているのが、愛着形成の失敗なのである。
うつだけでなく、母親が子どもに対して全身全霊を傾けた関心を抱くことを妨げる状態がある場合
ーー身体的な問題や夫婦間の揉め事、家族の死などで母親の気が滅入っていたという場合ーー

それが愛着の問題を引き起こす原因となり得る。

 

 




 


■家族の問題としてのシックマザー


精神的な問題は、しばしばその人個人の問題というよりも、
その人が属している集団の問題を映し出していることが多い。
母親の病気は、子どもや家族に影響するが、母親もまた家族からさまざまな負担を強いられ、それが病状に響いているということも多い。


母親だけを問題視するというのではなく、シックマザーの問題を家族全体の問題として捉えていくことが必要である。

シックマザーは、自分自身の親との問題を引きずっていることが多い。
身体的・心理的虐待を受けていた人も少なくない。
子ども時代に虐待を受けた女性は、うつになりやすく、また自分の子どもを虐待しやすいとされる。
親と上手くいっていないと、妊娠中や出産後に、必要な支えが得られにくくなるという実際的な問題も絡んでいる。



また、夫やパートナーの関係にも、しばしば問題を抱えている。

うつの母親は、夫との間に不一致や葛藤を抱えていることが多く、しばしば結婚を不幸だと感じている。
夫やパートナーに思いやりや協力が乏しかったり、すでに離別して援助が得られなかったり、
夫やパートナーから暴力を受けているケースも少なくない。
母親が結婚を後悔したり、その苛立ちを子どもにぶつけている場合もある。
母親は子どもを愛したい気持ちをもつ一方で、子どもがわずらわしい、重荷だと感じてしまう。
この子さえいなければ、自分ももっと違う人生を歩めたのにと考えることもある。

シックマザーが、とりわけ重要な問題であるのは、母親ひとりの問題ではなく、それが子育てというプロセスを媒介にして、際限なく連鎖していきやすいからである。

イエール大学の長期に渡る追跡研究によると、
うつの親の影響は、子どもにとどまらず、孫の代にまで見られたのである。

うつになったことのある人の孫と、うつの既往のない人の孫を比較すると、不安障害など精神疾患のリスクが高まる傾向が見られたのである。






 


■夫婦関係を損なうことで、子どもにさらに影響が



妻のうつ病によって、夫との不和や家庭内葛藤が生じやすくなり、夫自身がうつ病になるケースもある。
また、うつの女性の家庭では、夫婦間の不一致や葛藤が強まりやすい。

そうした事態が、さらに子どもにとってマイナスの影響をもたらしやすい。


両親がうつであるときには、さらにリスクが高まるのである。
両親の関係が険悪さや冷淡さを帯び、緊迫する影響は破綻そのもの以上に、子育てに有害である。
母親と父親(義父や同居人も含めて)が、いがみ合ったり、母親が暴力を振るわれたり、離婚話で、もめている場面を目にすることは子どもを深く傷つける。


家庭内葛藤は、子どものうつなどの精神的な問題にも、非行や攻撃性といった行動上の問題にも、促進要因として作用するが、家庭内葛藤はしばしば母親のうつと密接に関係しており、その両面から、子どもを傷つけることになる。








 

■母親のうつ病


母親のうつは、子どもが必要としているものを注意深く、素早く感じ取り、常に一貫して、熱心に応えていくという親としての能力を低下させてしまう。
子どもは、本来なら受けられる世話を受けられなくなるだけでなく、子どもに向けられる関心や愛情表現も乏しくなりがちだ。
子どもは健全な発達のために、母親からの愛情のこもった関心や反応を必要としている。

それが十分に与えられないと、愛着頚性や認知的発達に支障がでるばあkりか、自己肯定感や健全な自己愛の発達が損なわれやすくなる。
さらに、もう一つ危惧すべき影響は、母親が抱きやすい悲観的でネガティブな人生に対する態度や受け止め方を、知らずしらず取り入れてしまうことである。
母親の否定的な見方に縛られると、人生を実際以上に困難なもの、苦しみにばかり満ちたものとみなす過度な悲観主義に囚われ、本来の喜びに満ちた人生を味わうことに
諦めや罪悪感を抱いてしまうこともある。
それを防ぐために、母親の悲観的な見方に子どもを巻き込まないように用心する必要がある。





 

■子どもへの影響を最小限にするために


子どもにとって、安心できる環境が保障されているということが非常に重要である。

子供の安心を守るためにはたとえ、母親が子どもを愛せない状況にあろうとも「母親は私の事を愛してくれている」という思い込みを子どもに感じさせてあげるのが大人の義務である。


配偶者や周囲の家族が、病気を理解し、受け入れ、感情的な反応をぶつけるのではなく、
理性的に話しように心がけることが、子どもへの悪影響を減らすことになる。


「お母さんは病気だから、あんな風になっているだけだ。本当は優しくて、お前の事が大切に思っているんだ」と
言われるだけで、子どもは現実を肯定的に理解し、安心することが出来る。
特に幼い子どもは現実に起きていることをどう理解して良いかわからない。それに対して解説者の役割を果たす人との存在が重要だと言える。


そこで語られることが幾分希望的観測に基づく「ストーリー」であってもいいのである。
大事なのは、そこに秩序を回復し安心を与えると言うことなのである。

0 件のコメント:

コメントを投稿