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2017年9月23日土曜日

結婚相手は長女が最善か




長女には母親呪いが染みついていて男性的な理論的な話が通じる場合が多い。
長女以外は母親の呪いからは解かれているが理論的な話が通用しない。







長女には男性側の理論がある程度通じる場合が多い。
その源泉は「母親の呪い」にあるように感じる。


長女はよい子に育つ。
聞き分けがよく、大人の都合に合わせようと頑張る。
そうやって生きていくと男性側の理論に理解を示すようになるのかもしれない。
男性側の理論が通じる女性と生活するのは男性にとってメリットが多いだろう。

ただ、そこには母親の呪いと付き合っていく必要もある。
それは。長女に内在する母親であることもあるし現実に存在する長女の母親との対峙でもある。



「聞き分けの良い長女」と「母親の呪い」はトレードオフの関係であり、どちらかを選ぶことはできない。


長男は父親も母親も自分の中から追い出すことができるが長女は特に母親を自分の中から追い出すことが本当に困難だ。



長女以外は母親呪いはかなり薄いかわりに、男性の理論が通じない場合が多い。
聞き分けが悪くワガママということだ。

過程を運営していく絵でどちらにメリットがあるのか。


2013年2月28日木曜日

ショートカットという意思表明


◇女性にとってショートで生きるということ

今ではセクハラ認定をされる発言かもしれないが
古い人間は「女性が髪をばっさり切る=失恋」という方程式が頭の中にある。

だけど、ちょっと大人になったので、失恋だけでなく、もっと大きな意味での転回期を迎えているのだろうなぁーと仮説を立てられるようになった。

そのことを備忘録的に。


 

■ショートは誤魔化さない覚悟


『ショートは、自分に厳しくいられる。
 困っても髪を触れない、太ることが出来ない、
 肌をきれいにしていなきゃいけない、
 少しでもおしゃれに気を抜いたら一気に垢抜けなくなる、
 髪の長さ分のセクシーをどこかで決めなきゃいけない』


これは、ある女性から聴いた話。

男性はロングヘアの女性を好む傾向にあると思うけど
ショートの子が、なぜショーカットという自己表現をしているのか
という事を男性達は全く分かって居ない!

外見という形には女性がどういう生き方をしたいのか?という
意思表示というメッセージが含まれている。

それなのに男性はすぐに、カワイイだとかキレイだとかセックスだとかというか
目の前の事に集中して背景を考えない生き物なんだね…と
ちょっと悲しそうだった。



 

■ショートカットは永遠のヒロイン


勝手な持論として
ショートカットで白のワンピースが似合っていたら
その女性は間違いなく可愛いし美しいって思ってます。


少なくとも外見でということですが、外見が示すその人の情報って言うのは
結構重要だと思っています。

シルエットというか醸す空気感とでも言えばいいのでしょうか
ショートで白ワンピが”絵になる”女性って
柔らかで温かなイメージがあって、ちょっと小悪魔な奔放さも兼ね備えているなぁという イメージ。

(これは恐らくビーチボーイズの時の広末さんがモデルとして
 色濃く僕の印象をつかさどっている体と思われる)


そして、男性の僕には到底理解できないのだが、
周囲の人からの評価も自分にとってもロングの方が
総合的にはメリットがあるらしい。

短い方が髪洗ったり乾かす時間が短縮されるし
結う時間も少ないだろうからいいんだろうなぁという
男性的な短絡的な考えは通用しない。


何よりも、「髪を触ることで安心できる落ち着ける」というのは男性が困ったときに後ろ頭を「ポリポリ」とすることの
何倍もの効果があるのだろうと思われる。



 

■髪の毛=変装の道具


少し表現が稚拙なのかもしれないが
恐らく女性にとって「長い髪って言うのは男性で言うところのヅラ」なんだろうなぁって思う。

隠せる部分は隠せるし ある意味でダマせる、演じられる。


だとすると、ハゲたとしてもズラを使わずに
ハゲた部分を隠さない、あるいはスキンヘッドで通している中年男性が持つある種の爽やかさが
ショートを選ぶ女性達も、持ち合わせているのではないかと思った。


「私は私で生きていくよ、誤魔化さないよ」という意思表示が
ショートカットの女性には強い傾向にあるのかな


そういえば、ショートカットの女性はどこか凛々しさがある。
ロングよりもメリットの少ないショート選ぶ女性の覚悟、意思表示を
どう受け取るか。



考えすぎかもしれないが、ショートカットを選ぶ女性は
社会への抵抗と挑戦の証なのではないと思った。

 


■「女性らしさ」「これだから女性は…」

常に「女性らしさ」を求められながらも、「だから女性は…」という部分を男はすぐに使う。
こういう攻撃をもっとも回避できる確率が高いからだろう、男社会で生きている女性はショートカットだ(政治家とか看護師長とか)

なーんか、応援したくなるんだよね。



■美容室=自傷行為室

ちなみに、髪の毛について考えたときに思い出した小説の一節ああったので、これを紹介して終わりたい。
ロングの方がメリットがあるということを上述したが、その究極のメリットは「髪の毛は血の通っていない自分の一部」ということらしい。



~~~

髪を切ってさっぱりなんていうと穢れを払ったようできこえはいいけれど、本当はただの自傷行為だ。
過去のしみついた自分をざっくり切り落として
新しい自分に生まれ変わりたいと強く願っている。
つまりいままでの自分を全否定している訳で髪を切るというのは日常的な行為に思えても、
実は非常に大きな自己否定でもある。
変わりたいと強く願いそれを実行するのはいままでの自分を殺してしまいたいという願望の現われ。
髪に血が通っていないことで助かっている女の子はいっぱいいる。

~~~
(かわいそうだね? 綿矢りさ 文藝春秋)

2013年2月22日金曜日

「もっと愛して!」→「私達、もう終わりにしましょう」


 

 

◇不安は容易に怒りや攻撃に変わる


「言葉」と「伝えたい思い」は本来、セットであるはずなんだけど、人間は感情の生き物なので、時に、
「伝えたい思い」が「不適切な言葉」として発せられ、相手も「不適切な言葉」から「相手の伝えたい思い」を受け取ってしまい、人間関係は加速度的に悪化の方向に向かってしまうことがよくある。


「伝えたい思い」が相手に伝わらないと人間は怒りを覚える。
そして、その怒りは「伝えたい思い」を歪ませ「不適切な言葉」を相手にぶつけてしまう

お互いがお互いを大切に思っているのに歪められた言葉によって深刻な距離が生まれてしまうのは本当にもったいないことだ



旦那からの愛を感じられないと「私をより元カノがいいんでしょ!」という”攻撃”をしてしまっている愛さんの例を書きに記す。



 

***



紘一さんは、とても優しい夫で、妻の愛さんは現在の生活には何の不満もないのですが、唯一ひっかかることは、
夫が結婚前に交際していた女性のことです。

幸一さんは、その女性のことがとても好きだったらしく、結婚を目指して数年間交際していたのですが、結果としては「結婚はできない」と先方から、振られてしまったようです。


その前から紘一さんのことを好きだった愛さんは、チャンス到来とばかり、幸一さんにアプローチし、
見事に結婚までこぎつけることができました。


紘一さんは、もちろん、愛さんに気を使って、前の恋人のことを話したりしません。

しかし、紘一さんから充分に愛情が感じられないようなときには「前の彼女のことを思い出しているのではないか」と思ってしまい、胸が締め付けられるような苦しさを感じるのです。
そして、イライラしてしまい、「どうせ私となんか結婚しなければよかったんでしょ!」と怒りをぶつけてしまうのです。

紘一さんからみれば、自分が結婚しているのは愛さんであり、確かに前の彼女のことは好きだったけれども、
それはその時代の事です。


愛さんからそうやって責められてしまうと、結婚という、人生で最も大きな決断をした自分のことすら馬鹿にされているような気がしてしまいます。

最初のうちは、愛さんが嫉妬しているだけだと思って、「大丈夫だよ。もう彼女とは別れたんだから」などと宥めるのですが、
あまりにもしつこいと頭に血が上がってきて、
「どうしてそんなにしつこいんだよ!」「確かに君なんかと結婚しなければよかったかもしれないな!」などと怒鳴ってしまうことも出てきました。


すると、愛さんとしては、「やっぱり」ということになってしまい、「どうせ私はしつこいわよ。前の彼女はしつこくなんかなかったんでしょ。やっぱり後悔しているのね。 どうぞ、今からでも前の彼女と結婚したら?いつでも分かれてあげるわよ」と怒ってしまうのです。

 

***


 

■「私だけを愛してね」が歪む


愛さんが本当に言いたいことは決して
「いつでも別れたあげるわよ」ということなどではありません。

むしろ「私の事だけを愛してね」ということを本当に言いたいことです。


旦那さんもそういう覚悟で結婚しているのに
二人の間には思いはズレていないのに実際には「ズレ」が生じてしまっている。
では、なぜこんな問題が起こってくるのでしょうか。



一つは実は現在の問題であることが過去の問題にすり替わっている、ということがあります。
愛さんは、自分が夫から愛されていないような気がすると
「前の彼女の方がよかったのではないか」という思いが頭をもたげてきます。

この気持ちは、夫からの愛を十分に感じて満たされている時はほとんど気にならないものです。

つまり、「夫は前の彼女と自分と、どちらがよいのか」という話よりも
本質的には「現在、夫からの愛をどのくらい感じられているか」ということになります。
旦那さんの過去の恋人の事がひどく気になるのは
現在の旦那さんから十分に愛情を感じられていない時なのです。
ですから、取り組むべきは「現在の旦那さんの愛情表現」というテーマであって、
実は過去の恋人の事ではないのです。

そして問題が「現在の旦那さんの愛情表現」だということがわかれば
旦那さんにとって、はるかに前向きに取り組めるテーマになるでしょう。


愛さんが愛されていないと感じるのはどんなときか
どんな言動に愛を最も感じるのか、などということを一緒に見ていけば良いでしょう。

愛されていないと感じるときが仕事で疲れている時なのであれば
旦那は仕事で「疲れている」ということを言えばいい。



もう一つの問題は愛さんのコミュニケーションです。

本来の気持ちどおりに
「私の事、本当に愛している?」「愛されていないようで寂しいわ」といえば
旦那は優しくしてくれるでしょう。
しかし実際には「前の彼女」を持ち出して
旦那さんの結婚判断まで責め立てるようなことをするので旦那さんも怒ってしまうのです。


私たちはどうしても
「私の事、本当に愛してる?」「愛されていないようで寂しいわ」というような
自分を剥き出しにするコミュニケーションが苦手です。
その代わりに「あなたは」と相手の問題にすりかえてしまうのです。

むきだしのコミュニケーションをする勇気が出ないというのは十分に理解できることではありますが、
これでは本当は何も「ずれ」がないのに
離婚の危機にすらなりかねないのです。
思い切って勇気を出したほうがよほど安全なのです。


 

■怒りは思いを歪める

心が傷ついている時の反応は、怒りという形をとることが非常に多いです。

これは二度と傷つかないようにするための防御反応みたいなもので、
少しでも傷つけられそうな兆候を察知すると相手を激しく排除する、という仕組み(つまり、「相手に」腹を立てているのではなく「自分の」危険を排除するための必死の自己防衛)
なのですが、怒りは人間関係を損ねるものです。

 

■生産性のあるすれ違いにするために

時に不適切な言葉を制御することが出来ない場面もあるでしょう。
だけど、「どうして自分は不適切な言葉で相手を攻撃してしまったのか」ということを顧みる能力を磨くことは、
仲直りへの助けになるし、むしろ雨降って地固まるという言葉に持っていくためには必要なことではないかと思っている。